― 立川で続ける理由 ―
「なんで立川なんですか?」
何度も聞かれた。
もっと都心でやればいいのに、と。
確かにそうかもしれない。
ジビエを出す店は、港区や目黒とかのほうが“映える”。
単価12,000円なら、客層も自然と集まるだろう。
それでも私は、立川で続けている。
1. 都心ではなく、生活圏であること
立川は“目的地”ではなく、“生活圏”だ。
駅前には大型商業施設が並び、
少し歩けば住宅地が広がる。
家族連れ、会社帰り、
飲み会帰りの若者。
この街では、
ジビエは“非日常”だ。
だが私は、その非日常を
生活の中に置きたかった。
特別な人のための料理ではなく、
普通に働いている30代、40代が
少し背筋を伸ばして来られる場所。
それが立川だった。
2. 単価12,000円の重み
正直に言えば、
立川で客単価12,000円は楽ではない。
毎晩満席にはならない。
仕入れは安定しない。
ワインの在庫は眠る。
「もっとカジュアルにすれば?」
「価格を下げれば?」
そう言われたこともある。
だが、下げなかった。
理由は単純だ。
嘘をつきたくなかったから。
山から届いた命を、
処理場を経て、
丁寧に火を入れ、
ワインを合わせる。
その工程に、
私は安売りをしたくなかった。
3. 立川のお客は知的だ
立川のお客は“素直”で“知的”だ。
分からないことを、ちゃんと聞く。
ワインの話を、最後まで聞く。
「へえ」と言いながら、もう一杯頼む。
都心のように“知っている顔”は少ない。
だが、“知ろうとする姿勢”は強い。
それが、心地いい。
ここでは、
ワインの話がマウントにならない。
知識が、会話になる。
それは、この街の気質だと思う。
4. 都心でやらない理由
都心でやれば、
客単価はもっと上げられるかもしれない。
だが、私は“ただの尖った専門店”になりたいわけではない。
私は、
生活と地続きの専門店でありたい。
立川で仕事をして、
立川で暮らし、
立川で外食をする人が、
「今日は少し贅沢しよう」と思ったとき、
思い出してもらえる店。
それで十分だ。
5. 山との距離
もう一つ、理由がある。
立川は、
山に近い。
奥多摩は車で1時間ほど。
流通の現実も、猟師の顔も、
遠い話ではない。
山と都市の“あいだ”にある街。
その距離感が、
ジビエにはちょうどいい。
都心では“コンセプト”になるものが、
ここでは“地続きの現実”になる。
私は、その距離を大事にしたい。
6. 続けるということ
飲食店は、始めるより続ける方が難しい。
家賃。
人件費。
原価。
仕入れの不安定さ。
そして、自分の体力。
それでも続ける理由は、
派手なものではない。
ある日、
常連のお客様が言った。
「ここがあるから、立川で外食する楽しみが増えた。」
その一言で、十分だった。
7. 流行らないことの強さ
立川でジビエは、流行らない。
だが、流行らないからこそ、
消費されない。
ゆっくりと、
少しずつ、
理解される。
それは派手ではない。
だが、長く続く形だと思っている。
終わりに
立川で続ける理由は、
大義ではない。
ただ、
ここで来てくれる人がいるから。
ワインの話を聞いてくれる人がいるから。
少し贅沢な夜を求めて、
扉を開けてくれる人がいるから。
それだけで十分だ。