【2000年初期】ジビエ処理の実態と現在へ続く地方食文化 加筆

2025/07/02 ブログ

2000年ごろ、日本で「ジビエ」という言葉はまだ料理雑誌にちらほら登場する程度で、狩猟肉は“山のもの”“マタギ料理”と呼ばれていました。猟師は山中で止め刺しと血抜きをしたのち、背負子や軽トラで集落へ搬送し、自宅の土間や精肉店の裏で解体。冷却は発泡スチロールに氷を詰めるだけで、肉芯温を4℃以下に下げる現在の衛生基準は知られていませんでした。消費はほぼ地産地消。変敗を防ぐため味噌漬けや濃い醤油煮にして保存するのが常識だったのです。


地域ごとに息づく“山のご馳走”

  • 北海道:エゾ鹿は味噌床に漬けて凍らせ、薄く削いでルイベ刺に。冬祭りでは鹿カツを振る舞う。

  • 東北(秋田・青森):マタギの熊汁。熊脂で根菜を炒め、山菜と煮込む滋養強壮鍋。胆嚢を乾かし薬にする慣習も。

  • 信州・北陸:遠山郷の鹿刺、白馬の「ぼたん雪鍋」など、澄んだ水と山葵を生かした生食文化。

  • 近畿(丹波):正月の祝い膳「牡丹鍋」は白味噌と山椒で猪を煮込む。鹿は「もみじ」と呼び分ける。

  • 中国・四国:徳島剣山系の「しし鉄板焼き」、高知梼原の「鹿すき焼き」。瀬戸内では猪肉にレモンを搾り臭みを飛ばす知恵が伝承。

  • 九州(椎葉・球磨):柚子胡椒入りぼたん汁や、黒糖焼酎と煮込む猪甘辛煮が冬の定番。

  • 沖縄:リュウキュウイノシシ(カマイ)は塩茹でで祭祀の供物になり、豚文化と共存。


害獣対策が処理体制を近代化

2010年代に農林水産被害が年間200億円規模に達すると、国は「鳥獣被害防止特措法」と交付金事業を創設。自治体が冷却庫付き解体施設を整備し、捕獲後2時間以内搬入・芯温2℃以下という基準を徹底するようになりました。HACCP対応ラインや金属検査機、放射能検査を備えた処理場が丹波、岩手大槌、鳥取、熊本など各地で稼働し、衛生面で畜産肉と遜色ない品質が確保されています。また、一部施設ではIoT温度センサーとブロックチェーンを用いた個体追跡システムも導入され、ハラール対応を視野に入れた処理も始まっています。maff.go.jphojyokin-portal.jp

さらに2022年には「国産ジビエ認証制度」がスタート。設備・衛生・トレーサビリティを満たした施設にシカマークを付与し、信頼の可視化を進めました。基準をクリアした鹿肉は2023年にシンガポールへ初輸出され、山の資源が外貨を稼ぐ時代へと踏み出しています。


“プチブーム”を後押しする外食シーン

処理体制の整備とSDGs意識の高まりを背景に、2020年代は都市部でジビエフェアや専門店が急増。都内11店が参加した「とっとりジビエ レストランフェア2024」では鹿ラグーや猪ハムが注目され、浅草にはジビエ居酒屋「あまからくまから」が新規オープンするなど、メディア露出も拡大しました。SNSでは“ワイルドなのに高タンパク・低脂質”というタグが拡散し、若年層や女性客の需要を喚起しています。自治体主催のジビエ料理教室や猟師体験ツアーも人気で、山と街をつなぐ交流人口の創出にもつながっています。cuisine-kingdom.comprtimes.jp


加工品と販路の多様化

生肉だけでなく、缶詰・ジャーキー・サラミ・鹿骨スープ・レトルトカレーなど加工品が次々登場。岩手県大槌町の鹿カレー缶や鹿シチュー缶は百貨店やECでヒットし、キャンプ飯の定番に。西粟倉村の「森のジビエ for PET」はふるさと納税ランキングの上位常連で、ペットフード市場も開拓しています。さらに鹿革を使ったシューズやスマホケースなどアップサイクルも活発で、「地域丸ごとブランド」が増殖中です。momiji-otsuchideer.comfurusato-tax.jp


伝統とテクノロジーの交差点

素朴な山の料理から始まったジビエは、害獣対策という社会課題を梃子に高度な衛生技術とマーケティングを取り入れ、令和の食トレンドに躍り出ました。現在は処理・流通・外食・加工が一体となり、“獲る・捌く・食べる・活かす”サイクルが全国で確立。狩猟者の技と地域の知恵、そして都市の消費者が循環することで里山を守り、新しい“ご馳走”を未来へ届けていく──それが日本ジビエの次なるステージです。さらに食べ手の側では赤ワインだけでなくオレンジワインやどぶろくを合わせる提案も増え、味覚の自由度はますます広がっています。